長谷川眞理子

一方で遺伝学を誤用した優生学が入り、もう一方で社会ダーウィニズムによる自文化中心主義が入ってきたため、20 世紀の人文社会系学問は、次の3つの特徴をもつことになりました。 ①優生主義に対する嫌悪 – 人間を生物的にとらえて理解しようとするのは間違いであるという考え方 ②経験至上主義 – 人間は遺伝的、生物的要素で決まるのではなく、経験によってつくられるという考え方 ③文化相対主義 – 社会ダーウィニズムに対する嫌悪感から、文化に優劣はないとする考え方。この考え方の極限がポストモダン主義で、神話的な世界の解釈も科学的見方も同列であるととらえる 現在はまだ、生物学や進化学は人文社会系の学問とはほとんど対話できません。脳神経科学や認知科学、遺伝学などで人間の理解は一方では非常に進んでいますが、そのことが人文社会系には浸透していないどころか、浸透するのを敬遠している傾向もあります。特に教育学ではその傾向が強く、教育学者は経験至上主義を基本としており、人間は遺伝的生物的要素によって決定されるのではなく、経験によって決定される、だから教育に意味があるとする立場をとります。もちろん教育に意味があることは否定しませんが、教育でなんとでもできるという信念が強く、遺伝的基盤や生物学的性差が言及されることについては非常に反発します。